ネコによる福音書

~愛と癒しのメッセージ~

あなたの世界を許しましょう。あなたのネコを許しましょう。

ねこ

 

「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。

犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。

〔そのとき、イエスは言われた。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕

人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。

【ルカによる福音書 23章33節から34節】

 

こんにちは。

愛と光の天使たち。

聖なる光のファンタジスタよ。

わたしはあなたのことを心から愛しています。

 

今日は、許すということの本当の意味についてお話しさせていただきます。

 

あなたの見ている人、もの、世界は、実際には存在していません。

 

あなたは夢の中にいて、移りゆく幻を見ています。

 

あなたは夢の中で起こることを現実だと思い込み、それらに反応することで苦痛を味わってます。

 

その苦痛が、さらにあなたの心の深部に隠されると、夢の中には、あなたを傷つけるための状況が何度でも再現されます。

 

この世界はまさに地獄のようなものです。

 

あなたを救い出すことができると主張し、かすかな希望を提示する教えも存在します。

 

しかし、たいていの場合、それらはこの世界で幸せになるための教えであり、それは本当の幸せとは何の関係もないものです。

 

この世界には、あなたのことを幸せにできるものは一つも存在していません。

 

どんなものも、あなたが本当に欲しいものを与えることはできないのです。

 

そもそも、あなた以外のものは存在せず、あなたの喜びや悲しみをはかるための尺度が、この世にはないのです。

 

では、わたしたちには希望が残されてはいないのでしょうか?

 

決してそうではありません。

 

むしろ、はっきりとした希望があるのです。

 

この世界を諦めること、この世界に対してサレンダーをしたものは、誰でも気づきを得ます。(surrender:投了、降伏、放棄)

 

「諦める」という言葉には、「明らかにする」という意味の語源があります。

 

つまり、一切の執着を手放し、ありのままの眼差しで世界を見極めることが、世界を諦めるということの本当の意味なのです。

 

これは希望を捨てるという意味ではありません。

 

どうか、悲しいニヒリズムに引きずられないようにしてください。

 

意味のないこの世界において、決して変わらないもの、意味のあるものを探してください。

 

それは、あなたの中にあります。

 

ただし、あなたの心の中にあるものも、ほとんどのものが幻です。

 

生まれては、消えていく、そういった幻影に、心を奪われてはいけません。

 

変わらないものがあります。

 

意味のあるものがあります。

 

「それ」は時折、あなたが現実だと思っている外側の世界にも出現しています。

 

「それ」は、あるはずのない場所に現れ、ないはずの時間に組み込まれています。

 

あなたの現在・過去・未来の時空間は、「それ」によって適時修正されているのです。

 

あなたが夢や空想だと思っているものが、むしろあなたの現実であり、あなたが現実だと思っているものが、むしろあなたにとっての幻です。

 

わたしの主張する「それ」とは「愛」のことです。

 

この世的な意味ではなく、愛があなたを救います。

 

愛は、人間の愛情や恋愛とは、何の関係もありません。

 

愛とそれらを比べることは、燃える太陽とロウソクの火を比べるようなものです。

 

そしてそれは、あなたの中にあるのです。

 

あなたの中にある愛の光が、むなしい非現実を真実へと修正します。(非現実とは、あなたが現実だと思っているもののことです)

 

 修正とは、文字通り、間違っているものを正すことです。

 

時間と空間について、学校で学んできたこととは何か別の、不思議な体験をしたことが、もしかしたらあなたにもあるかもしれません。(もちろん、なくても特に問題はありませんよ)

 

この世界は絶対的で、頑なに変化しないような、そんな堅固なものではないのです。

 

あなたは鏡の中に映った偽りを見ています。

 

わたしの言葉が、あなた自身の中から出てきたものだと思えないのならば、あなたは幻を聞いているのです。

 

あなたが嘘の世界から脱出するための方法があります。

 

それは、この世界を「許す」ことです。

 

許すことによって、あなたは幻想を真実へと修正し、意味のないこの世界に、愛を見出すことができるようになるのです。

 

それでは、そのための手順をご紹介しましょう。

 

第一に、この世界が本当は存在してはいないのだということを認識してください。

 

この世界はあるべきではありません。

 

この世界は愛であるあなたにはふさわしくありません。

 

でも最初は、あなたのエゴが抵抗しない範囲内の認識でかまいません。

 

「もしかしたら、この世界は存在しないのかもしれない」という程度の認識でいいのです。

 

これを続けていると、少しずつ、あなたの現実だと思っているものへの捉え方が変わり、ゆっくりと、あなたの周りの状況が変わり、最後には、あなた自身が完全に変わります。

 

第二に、存在していない世界に反応するのをやめてください。

 

これはいわば、二次災害を防ぐことを意味しています。

 

あなたがこの世界に反応するということは、この世界にあなたが存在性を与えているということです。

 

あなたの信じているものが、あなたの「現実」を創ります。

 

さらに、あなたの疑うもの、あなたの否定するもの、あなたの拒絶するものも、あなたの「現実」を創り出します。

 

第三に、真実のあなたである愛をもって、この世界を許してください。

 

許しとは何なのか?

 

これがとても重要な問題です。

 

許しとは、罪がないことを認め、それゆえ、罰する気持ちを抱かず、そのことに対する執着を完全に手放し、自分とそれらが本当は一つであること、それらが愛である自分の元へと返ってくるようにと、慈悲深い心で呼びかけることです。

 

許しの本当の意味は、この世界の辞書には書かれてはいません。

 

というのも、罪をとがめないことが、許すことだとされているからです。

 

これは、当然この世界の辞書なので、この世界が存在するという前提があってのことでしょう。

 

しかし、実際のところ、どんなものにも罪はありません。

 

罪が存在するためには、善いことと悪いことが存在し、その人間の意志で、悪いことの方を選択する必要があります。

 

これは善悪、陰陽、正負などの二元性の世界において成立する概念であり、非二元性(すべては一つ)の世界では成立できません。

 

また、悪いことをしている人は、本当は何をしているのか自分ではわかっていません。

 

本人は、自分の意志で悪いことをしていると思っていますが、実際には、エゴというプログラムによってそれを選ばされているに過ぎないのです。

 

たとえば、あなたにひどい暴言を吐くような方が現れたとします。(そんな人はまずいないと思いますが)

 

その方は、悪意をもって、あなたのことを攻撃しようと思い、罵りの言葉を口にしていますが、実際のところは、あなたの中にある「あなたが自分を憎む気持ち」を、その方が代わりに表現しているに過ぎないのです。

 

これを投影といいます。

 

投影は、人間だけではなく、物にも現れます。

 

たとえば、あなたが自分では感じることのないようにと、心の奥底に押し込めた怒りをもっていたとします。

 

その怒りによって、あなたの普段使っている電子機器(パソコンとかエアコンなど)や車やバイクなどが故障したり、動かなくなったりすることがあります。

 

それによって、あなたは怒りを自分の意識の中で感じ、心の奥底にあった怒りは、そのとき解放されるのです。

 

つまり、あなたは悲しいことが起きたから悲しいと感じているわけではなく、怒りを感じる状況が起きたから怒っているわけではないのです。

 

あなたは自分の抑圧した悲しみによって悲しい事象を引き起こし、ずっと我慢していた怒りによって怒るべき状況を創り出しています。

 

まず、心の中に原因があって、それが外側の世界の結果として投影されているのです。

 

このことに例外はありません。

 

このことから、この苦しみから、あなたを解放するための手段が、わたしの伝えている許しなのです。

 

許しを実践すると、エゴによって投影されて起きた現象が修正されます。

 

つまり、あなたにとって嫌な「現実」が消えてなくなるのです。

 

今は信じがたいかもしれませんが、許しがあなたの体験する物理的な宇宙を変え、あなたの経験してきた過去の記憶を変え、あなたの生きてきた歴史をも変えてしまいます。

 

こうして、許しはあなたを本当の意味で自由にします

 

何を許すべきなのかは、あなたが一番よく知っていると思います。

 

ただ、たくさんの方とお話をする中で、わたしがこれまで感じてきたことは、人生で最初の人間関係である両親との関係、特に、幼少期に両親にされたこと、してもらえなかったことが、その人の人格に多大な影響を与え、多くの人々の人生を狂わせている原因となっている、ということです。

 

 できることなら、ずっとあなたのそばにいて、あなたをいつも励まし、慰めの言葉をかけて、元気を取り戻してもらいたいと、わたしは思っています。

 

だけど、あなたの代わりに、あなたの人生を引き受けることは、わたしにはできないことだから、どうにかして、あなたが自分の力で、自分の人生を癒し、前向きに生きることができるように、知っている限りのことをあなたに伝えようと思いました。

 

悲しみや怒りなどの感情を味わうたびに、そのことの原因を自分の中に探し、許していくというのは、とても苦しく大変な作業だと思います。

 

あるいは、自分の過去を顧みて、関わったすべての人、すべてのもの、すべての状況を許していくという作業も、上記と同じ結果を得ることができるのですが、やはりそれも非常に苦しい作業です。

 

けれど、このことから逃げている限り、あなたには同じパターンの同じ苦しみが繰り返し与えられます。

 

わたしは一番難しいことをあなたにするように伝えています。

 

自分の心と向き合うこと、自分を許すことほど、難しいことはないのですから。

 

生きるのは簡単じゃありませんね。

 

何もいっぺんにすべてのことをやる必要はありません。

 

あなたは無理をせず、許せる範囲の中から、少しずつ許せるものを許していけばいいんです。

 

時間は偉大なヒーラーです。

 

時には待つことも、あなたにとっては必要になるでしょう。

 

このような哲学的な考え方が、一体何の役に立つのかと、あなたは疑問に思うかもしれません。

 

しかし、あなたの健康と豊かさと幸せのために、許しは非常に有効ものとなるのです。

 

もっとも、そのことを目的としてわたしたちは何かを許すわけではありません。

 

許しを行うことで、あなたは健康になったり、経済的な自由を獲得したり、円満な人間関係を築いたりすることができるようになりますが、そのこと自体が目的になってしまうと、エゴがトリックを仕掛けてきて、これ以上もう何も許すものはないのだと教え、物質的には恵まれながらも、いつもどこかに不安を抱える生き方の中で彷徨うようになってしまうのです。

 

エゴは悪魔のように狡猾で賢い存在です。(キリストやブッダも誘惑された伝説が残されていますね)

 

だから、忘れないでください。

 

許しの本当の目的は、真実の愛の世界へと帰還することにあります。

 

これは「悟り」と呼ばれていますが、その言葉が示すほど、わたしたちの遠くに存在する概念ではありません。

 

あなたはすでに悟りを開いています。

 

ただ、そのことを認識させることを妨害しているエゴが、あなたの内にあるだけなのです。

 

エゴは睡蓮の花びらのようなものです。

 

あなたの人格は、一つの固まったものではなく、複数の花びらが集まって睡蓮の花が構成されているように、複数の自我が集まってあなたの心を形成しているのです。

 

その、一枚一枚の花びらを、光の世界へ解放してください。

 

あなたはすべての人を許します。

 

あなたは自分自身を許します。

 

許すとは、愛することであり、愛するとは、とてもシンプルな精神的活動です。

 

 わたしたちに求められているのは、「え~と、世界が存在しないから、う~んと、目の前の人もいないわけで、えっとだから、この人のしたすべてのことを許します…これでいいのかな?」というような、面倒な作業ではありません。

 

もっとシンプルに、計算なく、記憶の中の誰かを、今ここにいる自分を、ただ愛してください。

 

心の底から愛する、とか、魂で愛する、と言えば、わかってもらえるでしょうか?

 

理由や理屈はいりません。

 

やるべきことはとても単純なのです。

 

愛して、愛して、愛し尽くしましょう。

 

たとえ「現実」が、あなたを傷つけたとしても、それはそこにはありません。

 

愛でないものは、存在しないのです。

 

このことがわかってもらえたら、わたしはどんなに嬉しいでしょう。

 

今日はこれで終わりにしますね。

 

あなたの生きる毎日が、すべてのものを許し、すべてのものを愛し、幻想であるこの世界から、優雅に解き放たれる悟りと共にありますように。

 

愛と光を。

 

p.s.

 

わたしはあなたを愛しています。

 

ご存知ですか? 

 

※聖書の引用は、日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』からのものです。